叔母に対する描写

状況に関係なく

この物語において一番注目したい点はもちろん主役格の清田と節子の2人ですが、もう一人注目したい登場人物がいます。何を隠そう西宮で2人を引き取って一時期住んでいた叔母の存在です。戦時下において、お互いに何かあれば助けあうこと、もしも自分たちに何かあれば子どもたちの面倒を見る、そう叔母と清田たちの母は取り決めていた。その約束を果たす意味で叔母は2人を自宅へと招いて共に暮らし始めます。ですが清田たちの母は死に、行く宛のない2人はそのまま西宮の家に留まることとなったが、そこで叔母と清田達の間で溝が生まれてくるのも、今作のポイントとなっている。

アニメ映画を見た人は大概叔母を悪者と認定する、個人的な意見を挟むと幼少期の頃は確かにそう見ていたと筆者も感じていた。清田達兄妹の生き方を邪魔し、食事も満足に与えないで嫌味をいう姿を性悪だと述べる人もいる。ですがこうした叔母の姿が本当にただただ2人を理不尽に虐げているだけだったのかと、そう思い始めるようにもなった。1つの視点からすると幼い兄妹が戦争によって悲惨な人生を歩かされていくように描かれていると感じる場面もあるが、今作はまた別の視点で見てみると叔母が等しく悪だとみなせるものではないと感じるようになった人も多いはず。

中盤以降で、横穴へと引っ越した清田と節子は最初こそ上手く言っていたが、長引けば長引くほど状況は悪化していくだけでした。その食料を分けてくれた農家のおじさんでさえ、諦めて叔母の元に帰るよう勧めても、2人はそうすること無くずっと横穴で住み続けました。この時すでに時遅しだったのかもしれない、2人がもう戻れない道を歩いて行き最期に辿り着いた末が永遠と同じ時間を見続けなくてはならないというものになるのだから。

ではここからはそんな清田と節子達の運命を左右するほど重要な登場人物として描かれている叔母の存在については、独自考察していきます。

夏に観たい、アノ映画

当時の状況を鑑みて

清田たちと叔母との間に溝となる亀裂が生じ始めたのは様々ですが、一番大きな原因となったのは食料に関する点だ。アニメ映画では目に見えての嫌味を語る前からすでに食事が叔母の家族と全く異なるまでに、渡すようになっている。その後の顛末についてはともかくとししてもだ、戦時下における日本国内で問題視されていたのは何より食料問題だ。

そもそも日本としてもここまで戦争が長期化するとは予想しておらず、また自分たちが負けるはずがないと高をくくっていたと見るべきともいってもいい。世界各国と渡り合ってきた日本の軍事力は世界最大と自惚れていたのかもしれないが、先進的技術で劣っていたため為す術無く打ち負かされるばかりだった。その後巻き返すこともなく、日本は疲弊していく中で国内を悩ます問題として絶対的な食料の備蓄が足らなくなっていった。足らないというよりは、一部の高官達によって独占されていたと見るべきかも知れません。お国のための働く軍人を中心とした人々へと優先的に食料を配給し、その他一般多数の庶民たちにはまともな食料を配らなかった時代でもある。

この頃の日本では、食料の管理を政府が行っていたことも関係している。『食糧管理制度』と呼ばれる統制が敷かれており、政府がきちんと食糧事情を管理していれば流通の流れも整えることが出来ると考えられていたのかもしれません。ですがその目論見も戦争によって全ての体系が機能しなくなり、挙句戦後には多くの国民から反発を招くだけでしか無かった。それも影響してか、闇市などでは闇米といった表の世で取り扱われない米の存在もあったと言われている。

こうした背景事情を考えみると、叔母が食事を自分たちだけに優先する理由も分かるはずだ。今でもそれは変わらない、自分たちが食べる食事をわざわざご丁寧に他人のためと言って作る人などいるはずもない。赤の他人が喜ぶために料理をする考え方が出来るのは、現代になってからの事だ。清田たちが生きた時代、庶民の手元に渡る食料が微々たるものでしかないことを考えると、叔母の行動が一概に悪いものだと否定出来るわけではないのです。

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清田と節子の行動において

食料という問題が清田達と叔母の間に亀裂を生み出したことは間違いない。ですが物語が進むに連れて食事に対して不満を漏らす清田と節子に対して、ついに叔母は募り募った不満を口にする。清田に至っては毎日ふらついているだけで何をするわけでもなく、口を開けば我儘ばかり言っている節子に悩まされる叔母の鬱屈は耐えられるものではなかった。

これらのシーンについても今でこそ感じるのは、清田達の考えや行いがひどく歪なものでしかないという点だろう。こうした考えはどちらかと言うと現代日本に見られる、若者の姿とよく酷似している。不満を漏らすだけで何かをするわけでもない、口にするのは自分都合な身勝手な理論だけ、今の時代でも許されるものではないのに、戦争という状況下で叔母は2人の我儘ぶりに付き合い続けた上に何も言わなかったのだから、それはむしろ彼らに対して同情的だったという面も一時期は確かにあったことを意味している。

そんな叔母の庇護すらも蔑ろにして遊びに遊び続けていた清田達とあれば、擁護すべき相手は本来なら叔母の方なのかもしれませんね。



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