実写ドラマにおける立ち位置として

叔母の視点で語られる、火垂るの墓

アニメ映画作品での叔母についての立ち位置、それは悪者と見られるように表現されているのは話の主軸として展開している、語り部が清田本人の記憶を元に作られているからだ。彼からすれば叔母は自分たちを蔑ろにして、自分たちの末路があんなことになった元凶を作り上げた人、そう見ていたといっても過言ではない。ただただいつもどおりの平和な日々を過ごしていたかっただけ、もう元には戻れないが望むなら母親と過ごしたあの日々に戻りたいという、切なる少年の願いそのものと言ってもいい。そうすれば叔母が清田と節子の幸せを邪魔するものだと思うことも出来なくもない、ですが太平洋戦争まっただ中の激動期において2人の行動が非常識な振る舞いと糾弾されるのは目に見えてのことだった。叔母はそんな遊び歩いている清田達の様子に不満を持っていた住民からの苦情を一心に受けるなど、実質的な被害も受けていたことも述べている。

庇いきれなくなったと言っても良い、目に余る行動をしすぎたせいで2人は居場所を失っていってしまった。清田や節子にすれば自分たちが死ぬことになった元凶と見なしているかもしれないが、総体的に見れば彼らの死は自分たちが引き起こしたがゆえの自業自得だったと分析することも出来る。そんな描写を主だって表現しているのが、2005年に実写ドラマとして放送された『火垂るの墓- ほたるのはか -』では叔母の視点から作品が描かれている。

基本的な展開はアニメ映画の内容を忠実に再現しているものとなっている、原作は小説であるものの映画作品のほうが圧倒的に印象が強いこともあって、そうなったのだろう。そんな作品をリアルタイムで視聴した人も多いはず、そして多くの人が思ったかもしれない。叔母のした行動は当時の状況を考えれば、ただただ自分勝手な道理だけで動いていた人ではないということを。

夏に観たい、アノ映画

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我が子を取るか、親戚の子を取るか

物語の始まりは叔母の家庭が現代へとその家系を続かせているところから始まっている。そんな叔母、彼女の娘が昔を懐かしむ形で物語は幕開けとなる。そこで登場するのは海軍士官の息子であることを誇りにしている清田の姿と、天真爛漫な節子という姿が描かれていた。やがて日本が本格的な戦争へと突入すると、父は死地へと旅立って行き自宅を清田へ預けるようにして出かけていった。その頃叔母も自身が愛する夫が戦地へと出かけていって無事に帰ってくるのを待っている最中で、清田の母と互いにもしものことがあれば助けあおうと約束を交わす。

此処から先の展開はそこまで変わらないものの、時折浮き彫りになるのは清田の行動・節子の日々漏らす我儘に翻弄される叔母の姿だった。叔母の視点で描かれている世界は清田たち子供のそれとは違い、戦争をしていることを正義としている世界への憤りとそれを肯定している何も知らない子供の傲慢さが彼女を苛つかせる。しかしそれでも生前交わした約束、そして愛する人が帰ってくるのをひたすら待っていたが、叔母の願いは奇しくも打ち破られることとなる。

戦死した、その報せは愛する夫を失った女性には重すぎる電報となってしまった。帰ってくることはない、食糧事情も改善されない中で、日々自身の空腹も増すばかりではどうしようもない状況下で、叔母は1つの決断を下す。それこそ、清田たちよりも自分がお腹を痛めて産んだ子どもたちを優先するという選択だった。ここからの展開もアニメ映画と遜色ないものとなっているが、むしろ清田が苦しい生活というものに対してまるで理解していない世間知らずさが強調されているのが気になる点となる。それもそうかもしれない、それまで何不自由なく貧乏とは無縁の生活をしていた少年にとって、叔母との暮らしは今まで経験したこともなかったものだった。なので悪気はないが、お坊ちゃま気質がなおのこと叔母の気を逆なでするとともに、彼女に我が子を守るという決断をさせるまでに至ってしまう。節子にしても、かつてなら母の前でしていた我儘ぶりが状況を理解していない中での奔放さに精神的なストレスを与える原因となっていたことが見て取れる。

冷静に見ていた

米を手に入れるために叔母が清田たち母の形見を担保にする話がある、アニメ映画では着物となっているが原作では指輪を担保とした。その結果、久しぶりに白いご飯を食べられることに喜ぶ面々だったが、それでも清田たちの状況は変わらなかった。そんな現状に耐えかねて不満を爆発させる清田だったが、その発言は見ている人には世間知らずもここまで来れば迷惑極まりないといったものだった。軍人である父を誇りにしており、そんな父は立派にお国のために働いていると肯定する発言に叔母の琴線はまたも爪弾かれる。

愛する人を死なせた戦争、そしてそんな戦争をいつまでもし続けている大日本帝国という国に対しての不満が清田の発言をことごとく否定した。当時の人、それも叔母のようにぎりぎりの生活を強いられていた人々は薄々感づいていた点でもある。戦争をしても誰かが喜ぶことはない、自分たちの大事な家族を奪うだけで何もしてくれないという事実を叔母は理解していたのだ。ここでも、生粋の軍人家系に生まれた清田と叔母の価値観が乖離しているのがよく知れるところ。

時代に翻弄されてはいたが、叔母は断然冷静に世界を見ていたのかもしれない。そしてその中で際立ってお上が唱える発言を鵜呑みにして、自分都合にしか物事を考えない清田と節子は叔母にすれば何も知らない呑気な子供といったように見えていたとも考察できる。

平和を願う、戦争反対!

時代故にそうするしか無かった

その後清田と節子が叔母の家から出て行くのも、決して引き止める事もないまま叔母は見送った。そんな様子を長女でもある娘からは非難されるが、叔母にすれば間違っていないと思うしかなかった。ここを離れて今よりも幸せになれるのならと願っていたのかもしれない。その後清田が盗みを働いて身元引受人として警察へと呼ばれるなどするも、引き裂かれた段階で清田はすでに叔母に頼ろうとしない意固地さを見せていた。

やがて戦争は日本が敗戦したという事実の元で終結し、その後叔母と長女は清田たちを探し続けるも行方を突き止めることが出来ずにいた。自分たちが殺したんだと嘆く長女だが、叔母も後悔があったことを滲ませている。ここまでの話を見ても分かるように、叔母は決して根っこから悪だったわけではない。しかし非情にならなければ我が子も助けられない上、清田と節子に振り回されるわけにはいかないと心を鬼にする事を決意しただけにすぎない。ひいては。この作品での叔母は自分の態度を持ってして、清田と節子の2人が考えを改めてくれるようになることも期待していたのかもしれない。非情になりたくてなる人ばかりではない、第二次世界大戦という最中において誰もが自分や身内以外の他人にまで余裕が持てなくなっていただけだった。

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名作、火垂るの墓を読み解く